2016/07/14

iPhone6の周りを包む静寂を私は楽しんでいたんだ

朝起きるとそこには記憶のカケラも残ってはいなかった。それはまるですっかりと宇宙から私の漂っているベッドが切り離されているように見えた。アラームが一瞬聞こえた気もしたが窓の外から入る陽の光は、すっかりと午後を指し示していた。


喉はすっかりと焼けるように乾き、脱ぎ散らかした昨日着ていたサマードレスとウェッジサンダルをやっとの思いで拾い上げ、まずは冷蔵庫から昨日買ったばかりのミネラルウォーターのボトルを取り出した。「水を飲まずに昨日は寝たのか」どうやら自宅に帰ってから着ていたものをようやくの思いで脱いでベッドに飛び込んだらしい。

「どうやって帰宅したんだろう...?」

一切の記憶がまるで宇宙人に抜き取られたかのように欠如していた。何かその欠落した時間をつなぎ合わせるようなパズルのピースが見当たらないかとドレスのポケットやバッグの中を隅々まで丁寧に探してみたが特にこれといったものは見当たらなかった。バッグの中にひっそりと全てを知っているのに語らない、それは子供の頃夏休みに通った図書館で受付をしていた白いドレスの、全て今この地球上で起こっていることを分かっていながら何も語らないという風の受付の女性を思わせるようなたたずまいで電源の入っていないiPhone6はそこにあった。

「充電してなかったから電源が落ちたのか。」

そう思い、その白いドレスの図書館受付のようなiPhone6をいつものようにサラッと手にのせいつもの充電器に接続する。そうするとこのiPhone6はようやく水を飲むことを覚えた小さな鳥のように小さくさえずってから、こくこく、と電気を吸い上げ始める、はずだ。いつもならその筈だった。が、この日の朝は違っていた。さえずることもなければ、電気を吸い上げるわけでもなく、私はその真っ黒の、暗黒の画面が何にも変わることなくじっとこちらを見つめ続けているのを、ただじっと見つめ返していたのだった。

「うんとか、すんとか、いってくれたっていいじゃない」

充電器を違うコンセントに差し込んでみたり、別の充電器を使ってみたり、別の充電器を違う部屋のコンセントに差し込んでみたり暫くの間その図書館の受付のような無口で控え目にちょっと伏し目がちのiPhoneを弄繰り回してみたけれど、その後に残ったのは静寂と真っ暗でさらに黒さを増したような画面がこちらをじっと見つめているだけだった。

「アップルストアにいかなくちゃ」


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